影響力の強い人に、目をつけられたら最後・・・。【ソーシャル時代における、個人の破壊力について考えてみた】


SNSが普及するとともに、今までテレビでは有名でなかった人にも注目が集まるようになった。ジャーナリストの津田大介さんも、テレビで時折見かけるとは言え、一般的には知名度があまり高くないと思っていた。しかし、そのフォロワーの数は20万人にも及び、恒例の東京ドームに例えると、東京ドームの収容人数の4倍に匹敵する。

これは、ソーシャル時代の恩恵といえるだろう。今まではマスメディアが露出させる人でなければ、注目や人気を集めることは出来なかった。しかし、インターネットを通して、様々な人に触れられるようになり、今までスポットライトを浴びなかった人でも有名になるチャンスが増えた、といったところだろうか。

もはや、その影響力は一端の芸能人を超えている。

ツイッターの影響力を見ていると、それが恐ろしいほどに感じられる。以前、庭山由紀議員がツイッター内で「献血の車が止まっているけど、放射能汚染地域に住む人の血って、ほしいですか? 」と発言したことが、問題になった。今日のニュースでは、庭山議員は除名処分となるそうだ。

当たり前かもしれないが、今回の件で、ツイッター内でつぶやいたことは実際の社会でも大きく影響することが分かった。発言や対応から見ても、庭山議員を全く擁護する気にはならないが、人を社会的に追いやる力を持つツイッターの影響力は非常に恐ろしく思える。一般人の発言が、今や人一人の人生を左右するほどになっているのだ。

ツイッター内の発言が、社会的に大きな影響力を持つようになったことに加えて、フォロワーというシステムが更にその動きを加速させる。人一人の影響力そのものが強くなっているに加えて、人を動かすことが出来るフォロワーを多く抱えた人たちは、それこそ人一人を容易に貶めることが可能になっているのだ。

今日もそこら中でツイッター内では論争が起きているだろう。私が今日見たのは、フォロワー1万人の方(以下、A)とフォロワー10万人以上の方(以下、B)+一般人という構図での論争だった。最初は、一般人の方がAさんの対応は良くないと発言した。そして、それに反論した?Aさん。そうするとBさんが動き、Aさんを叩くようになったのだ。

叩くといっても、もちろんBさんには論理的根拠があり、Aさんの間違いを正そうとしているのだろう。しかし、そうなるとAさんに勝ち目はないだろう。論争での勝敗は、当事者が決めるものではない。どれだけAさんが正しかろうと、Bさんと一般人の方が追撃の手を緩めない限り、兵力で負けているAさんに勝ち目はないのだ。

以前、最近人気が上がっている?イケダハヤトさんが、ある人の誹謗・中傷に対して「僕に対する否定の言葉を、僕のフォロワーに「晒し」たら、十中八九、発言主は叩かれるでしょう(その人が正しかろうが)。そういう意味では、僕は「戦力」を持っているようなものです。」と発言していた。

これは決して間違いではない。この後に「もし僕が戦力を行使すれば、発言主はガチでメンタルダメージを食らいます。それは経験上、良く分かっています。それこそ人を殺せるほどでしょう。」とあるように、影響力がある人であれば、人一人を社会的に抹殺することは容易なのだ。

人々がつながるようになった現代。つまり、影響力が大きい人を怒らせることが、もしかしたら身近な人間を怒らせることにつながっているのかもしれない。そうなると、インターネットが普及している地域では、生きていける環境を失ってしまう。

今回のケースは、AさんがBさんに論争を挑んだわけではない。むしろ、挑まれた方の立場だろう。しかし、目をつけられたら最後。決して勝てない戦いを強いられてしまうのだ。

影響力が強いとは言え、彼らはテレビに出る”有名人”ではないため、自分は一般人と強く言い張るだろう。しかし、その手には武力よりも恐ろしい殺傷兵器を秘めているのだ。逆にテレビに出る”有名人”にもはや影響力はないにもかかわらず、一度不祥事を起こすと徹底的に叩かれてしまう。

これから本当に恐れなければいけない人は、真に”影響力を持っている人”なのではないだろうか。

2012年6月11日 投稿:エイドギース




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