大飯原発再稼働から見る、最適解と民主主義について


橋下徹氏とおおい町長の原発再稼働容認大飯原発再稼働がほとんど決定した。一応、私は原発を再稼働には賛成していたので、この決定は素直に評価したい。

さて、今回述べたいのは、原発再稼働に反対している人達と賛成している人達の対立構造ではなく、賛成派の人達の発言についてだ。

原発再稼働をする上でキーパーソンとなったのは橋下徹市長だろう。世論が原発再稼働へ反対している中、彼が再稼働に反対することで更に原発再稼働反対派が勢いづいた印象を持った。しかし、電力不足が想像以上に厳しいという事実を知り、結局は原発の再稼働に賛成することとなる。

一時期、原発再稼働に反対していた橋下市長に対して、原発再稼働賛成派の一部の人は「一首長のエゴで再稼働を遅らせた」と非難している。彼が最初から原発再稼働を容認していれば、もっと早く再稼働を行えたのだ、と。

しかし、本当にそうだろうか?確かに政府は強硬に再稼働路線を貫くであろうから、再稼働は早まったかもしれない。ただ、民主主義で国家の日本で、十分な理解も得られないまま再稼働を行うことが正しいこととは思えない。

今回の橋下市長の振る舞い方は、自分に注目を惹きつけ最終的には賛成に回ることで、国民に理解を求めるよう動いたとも見える。これは推測にすぎないが、結果的には反対派の声も小さくなったと私は考えている。本人がどこまで考えていたかは知るすべもないが…。

人間社会において、全てを最適解で進められることは有り得ない。橋下市長に対して鋭い指摘をされている方も多くいたが、指摘ではなく単に「エゴだ」と非難する人にはあまり共感できない。例え、原発再稼働が正しい選択だとしても、世論は再稼働に反対しているという現実を考えなければならないのだから。

2012年6月18日 投稿:エイドギース




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