Happy boxを読んだ感想(著:伊坂幸太郎・山本幸久・中山智幸・真梨幸子・小路幸也)


Happy boxは、名前に「幸」がつく作家だけを集めて造られた短編小説集。幸せをテーマにそれぞれの作家の個性が全面に押し出されたつくりになっている。

まず、最初は伊坂幸太郎氏の「Weather」。女癖があまりよろしくなかった友人の結婚式で起きた物語。実に伊坂氏らしいストーリーになっている。

彼の物語は、読者の視点をそらすのが非常に上手い。あまり詳しく書くとネタバレになってしまうので避けるが、読者の注意や関心を少し的はずれな所に置かせる書き方が非常に秀逸で、ラストに「それかっ!」と気付かされる。読み終えて物語だけをなぞれば、何ら特別でなかったりするが、読み終えた後はやられた感でいっぱいになる。

伊坂氏の小説には、恋人や元恋人がよく登場する。その距離感や掛け合いも私が伊坂氏の小説が好きな理由の1つだ。変に気取っていなくて、でも自然で、別れた後連絡を取っていなくても良好な関係というのも、読んでいて非常に微笑ましい。どんなに強烈な個性でも、彼らの人の良さが分かるのだ。

「Weather」は、日常的な幸せを少しドラマチックに仕立てたもので、少しホッコリしたい人にオススメの短編小説になっている。

次の山本幸久氏の「天使」は、変わった幸せだ。伊坂氏の「Weather」と比べると決して日常的とは言えず、世間には認められにくい幸せかもしれない。しかし、主人公の福子は確かに幸せだったろうとは思えた。

私の年齢と性別から「Weather」の方が感情移入はしやすかったが、逆に「天使」は福子の物語を側で見ているような、そんな感覚になった。登場人物の一人ひとりとその状況も思い浮かべやすく、読みやすい短編小説だった。

彼女の職業は決して認められるものではないだろう。手放しで天使と呼べはしないかもしれない。しかし、彼女は確かに二人の姉弟を救った。側で見ている私からすると、小説のラストが幸せといえるかは分からないが、最初にも述べたように彼女の顔を見ていると、こんなラストも1つの幸せなのだろう、と感じた。

「天使」は、ただ単純な幸せではなく、より泥臭い、より人間臭い幸せを求める人にオススメかもしれない。

中山智幸氏が書いた3つ目の小説「ふりだしに進む」は、ちょっぴりファンタジーな要素が含まれている小説。この小説は前の2小説とは異なり、他人の幸せのために協力する話だ。この小説での幸せは、決して妬みや嫉妬が湧き出る幸せではなく、なんというか微笑ましい幸せだった。

「ふりだしに進む」は老人が主役という点では「天使」と似ている。しかし、生活環境や境遇など全く違う。むしろ登場する老夫婦は「Weather」で出てきた二人の老後と考えてもおかしくはない。

読み終えてみると、正統派のほのぼの物語で、ファンタジーチックに描かれているが非常に現実的な物語だ。しかし、目線を老夫婦のいわば戯言に巻き込まれた女性を視点に描かれており、彼女の生活面を中心に物語が進行していくことが、この小説の味噌だ。

「ふりだしに進む」は多くの人に受け入れられる小説だと私は思った。

真梨幸子氏が書いた「ハッピーエンドの掟」は、非常に癖の強い小説だ。最初、読み終えた瞬間はよく分からなかった。いや、今となっても詳しい真意は分かりかねている。1つ分かっているのは、彼女の幸せの考えは今後、大きく変えるキッカケになったということだ。そして同時に、ホンワカする物語だけに偏っていた私の読書人生に一石を投じる小説となった。

序盤から少し何か事件が起こりそうな気がしていた。過去の物語ということも最初の描写で分かっていた。過去に何かの事件があった物語なのだろう、と。しかし、私の期待は何もかも裏切られた。詳しくは本を読んでもらいたいのだが、読後スッキリする小説ではなかった。もちろん、スッキリしなかったことは、小説の良し悪しを示しているわけではない。

何というか、この小説に対してスッキリしないことは私が男性で精神年齢も幼いからだろうか。気持ちは分からなくもないが、そこまで彼女に対して強い思いを抱いていたのか、と驚いた。そして、そこまで彼女を貶めるような行為をしたことが理解できなかった。ただ、小さい頃から積もり積もっていたのだろうなとは推測できた。

これは「幸せ」をテーマとした小説という前提があって、初めて成り立つ小説なのだろう。他の小説は「幸せ」の光景や物語を取り出した小説であったのに対して、この小説は「幸せ」に疑問を投げかけるものであった。

「ハッピーエンドの掟」を好きになることはできないが、幸せについて考えさせられる小説だった。

最後の小路幸也氏が書いた「幸せな死神」は、最もファンタジー色が強い小説だ。何せ超自然的存在の死神が登場するのだから。物語も主人公と死神を中心に進められていく。その他の登場人物は会話の際に出てくるトッピング的なもので、大きな役割は果たさない。

死神の役職は「人の死を見届けること」で、それ以上でもそれ以下でもない。ただ見届けるだけの仕事をほぼ永遠とも思える時間を繰り返していく。死神には喜怒哀楽がないらしく、その仕事に対して特に感情を持っていないと話す。

しかし、物語の最後を見ていると、死神にも確かに感情はあったのだと思えた。他の出来事がないから特別だと思わなかっただけで、「人の死を見届ける」仕事は非常にツラかったのだ。そんな彼も最後には幸せを感じられたのだろう。

この小説では、永遠の生と繰り返される生死が同居している。また、最後の着地点は在り来たりとはいえ、生死を通して、幸せとは何かについて考えさせられる。

5つの小説を通して、3つは生死に関わる幸せだった。死を通して、幸せとは何なのかを問いかける作品になっている。伊坂幸太郎氏の「Weather」はそれとは違い、結婚式を通して家族の幸せを感じさせられた。真梨幸子氏の「ハッピーエンドの掟」は、単純に思い浮かべられる幸せを思い直させられる作品になっている。

それぞれの作品にはそれぞれ個性があり、物語・背景も全く異なり、それぞれの「幸せ」に対する考え方に違いがある。現代は多様な価値観があり、それが認められ始めているが、それだけ他人を理解するのは難しくなっている。楽しみ方としては少し違うのかもしれないが、彼らの幸せの価値観や考え方に触れて、様々な幸せを体験してもらいたい。

2012年8月21日 投稿:エイドギース




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