伊坂幸太郎著「モダン・タイムス」で学んだこと


伊坂幸太郎氏が書いた「モダン・タイムス」は2008年に発刊された小説である。この本を今年に入ってから読んだのだが、私の甘い考えを大いに変えてくれるキッカケになった。

本当に子供っぽい考え方で恐縮なのだが、以前までの世界あるいは日本を変えられると思っていた。例えば、党首になれば悪法を廃止し、良法を作り出し、社会的に「良い」方向へ動かすことが出来ると思っていたのだ。もちろん全く出来ないわけではないのだろうが、思っているほど簡単に変えられるものではなく、勧善懲悪はこの世界に存在していないことを「モダン・タイムス」で知った。

まず、モダン・タイムスの簡単なあらすじを紹介すると、あるプログラマが依頼主不明のプログラム開発を委託されることから始まる。このプログラムは非常に簡単なプログラムだったのだが、解析していくとどうやら「ある言葉を検索した人を割り出す」プログラムになっていることが分かった。そして、その言葉を検索した人は次々と悲惨な目に遭っていく…。一体誰がどういった目的でこのプログラムを開発したのか、主人公はその真相に迫っていく、というような物語になっている。

ここからはネタバレになる部分も多いので一度本に目を通してから読んでいただきたい。

モダンタイムスでは、プログラムの依頼主やその目的を探る内に国や政府に行き当たることになるのだが、彼らもまた別の正義のために作ったことが分かる。たまに「正義の反対は別の正義」などと言われることもあるが、その通りだとこの本を読んで感じた。小説内では落とし所として一定の「悪」は存在していたが、実際の社会では完全なる「悪」など存在しないことを思い知らされた。

完全な「悪」は存在しない。これが衝撃的だったことの1つだ。世のサラリーマンは国や政府、大企業やお金持ちと呼ばれる人を目の敵にすることが多い。私の両親にしても、もちろん私にしてもそういった感情は少なからずあった。しかし、彼らは決して普通?の人々を貶めようとしているわけではないのだ。

特に原発問題にしてもそうだろう。電力会社に媚びているような言われ方もするが、実際に原発のコストは非常に安く、結局は電力会社が破産寸前に陥ると国有化しなければならないのであれば、電力会社が少なくとも赤字にならないよう原発を再稼働したい気持ちも理解できなくはなく、他にも様々な理由があるのだろう。

もちろん、ダウンロード違法刑罰化などのケースは官民が癒着した結果だと思っているが、最終的に制定されたのは彼らがインターネットに触れない旧来の生き方をしているからだろう。彼らの善悪如何ではなく、やや嫌味ったらしく言うと過去に生きている人間がこれからの法律を決めることが問題なのだ。

もう1つ私に強烈な印象を与えたのが、現行のシステムを変えることは非常に難しいということだ。変えたいシステムの上に他のシステムが乗っかっている場合、その他のシステムから変える必要がある。

なかなか例えが難しいが、昔の法律を変更しようとした場合、現在の法律が「変更したい法律」に対して完全に独立していれば問題ないのだが、依存しているような法律もあったりするので、なかなか変えることは難しい。法律を作ることは簡単だが、昔の法律ほど廃止するのは難しかったりするのだろう。これが、社会のシステムは変えられないと思った理由の1つでもある。

他にも、様々なことを考えさせてくれる小説になった。
・蟻は賢くないが、蟻のシステムは賢い
・本来システムは感情や私意で変える(変わる)ものではない
・システムによって行動範囲が非常に狭められている
・善意は人によっては悪意になりうる
・人の世界はそんなに綺麗なものではない

少し現実を垣間見れたような気がした小説だった。なかなかこの衝撃を人に伝えることができないのがもどかしく思うが、この記事がモダンタイムスを読むきっかけになれば幸いだ。

2012年8月22日 投稿:エイドギース




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