米澤穂信氏の「氷菓」を読んだ感想


誰かに話したくて仕方がなくなった。しかし、私には小説の感想を話せる人は、ほとんどいない。その数少ない小説好きの友人にしても、今の興奮のまま、話すことは今後の私のイメージに大きな影を落とすことだろう。なので、ここに記事として残そうと思う。

まず、私がこれほど興奮している理由は、「氷菓」が感動的な名作だったということではない。もちろん、私の心を揺さぶるほどの小説だったことには間違いはないのだが、それ以上に大きな理由として、米澤穂信が書く「主人公」が私に似ているような気がしたからだ。

主人公に自分が似ていると思うのは、非常に残念な人かもしれない。こんなことを実の友人に話したところで苦笑を浮かべられるだけで終わるだろう。フィクションの主人公に自分は似ていると言われて、誰がそのまま受け入れてくれるだろう。そう思いながらも冷めてきた興奮もまだ消え去らずにいる。

氷菓の感想である以上、自分の背景や性格等はあまり語らないほうがいいのだが、米澤穂信の書く主人公を述べていく上で敢えて語らせてもらおう。彼の書く主人公は基本的に冴えない。これだけの特徴であれば、ラブコメにも出てきそうな主人公なのだが、彼の書く主人公は「他人に大きな関心を抱いていない」という点がある。これも特に際立った特徴とは言えないのかもしれないが…。

彼の書く小説を初めて読んだのは「ボトルネック」だった。当時の私は小説を毎日1冊読むのが日課のようなもので、様々な小説を大学の書店で買い漁っていた。そんな時に目をつけたのがボトルネックだった。この小説の最後は非常に後味の悪いもので、自分に似ていると思いながら、反省すべきとして後々まで引きずることになった。トラウマとも言えるのかもしれない。

その後、インシテミルを読み、更にその思いは強まった。主人公は自分と重なる点があるが、その主人公が決して幸せにはならないのだ。彼の書く本を読む度、自分のテンションを下げるものでしかなかったので、私は自然とホノボノとした物語を求め、別の作家の小説を読み漁った。

今から考えてみると、明らかに読む順番を間違えていたのかもしれない。ポジティブに考えるのであれば、先に読んでおいてよかったというべきか。あまり気は進まなかったが、彼の書く本は自分に似ていると思っていたし、また自分の反省すべき点が見つかるとも思えたので、今日書店に立ち寄った際に「氷菓」を買うことになった。

正直に言うと、あまり大きな期待はしていなかった。主人公が冴えず、ボトルネックに関しては最後まで冴えないことが肯定的に書かれることはなかった。自分は必要ないと結論づけた私に似た主人公は先ほども述べたようにトラウマになっていたが、バッドエンドで終われば自分の反省点につながり、ハッピーエンドであれば自分の未来に希望が持てる、そんな軽い気持ちで購入し、1日で読み終えた。

小説の感想としては、ごくごく在り来りと言えばそうかもしれない。基本的には平坦で小説の中の主要な物語も大きな驚きを受ける程ではなかったが、癖がなく受け入れられやすい小説だと思う。強いて言えば、主人公特有の言い回しが受け付けない人がいるかもしれない…。

氷菓の物語については、読んでいただくかアニメ化されているようなのでそちらを見ていただきたい。彼の本には珍しく、というか私がこれまで読んできた小説とは違った「爽やかさ」があった。とは言っても、登場する男性キャラクターに関しては特に華もなく、一般的に見れば「鬱陶しい人」もしくは「変な人」というイメージだろう。決してクラスの中心人物になりうるキャラクターではない。

まぁ冴えない人物がフィクションの世界では往々にして最も華やかな役割を担うことになるので、そこに違和感を覚えることはないのだが、変わった性格の彼らを受け付けない人はいるだろう。理屈っぽい人間が好きそうな小説だとも感じた。

おそらくこの小説を自分と重ね合わせた人も結構な数がいるのではないだろうか。実社会では中心的な役割を果たすことはないが、この小説を読んで憧れや希望を持つ人も少なくはないだろう。少なくとも実社会であまり喜ばれない理屈っぽくて遊びに対してもテンションをイマイチ上げきれない私にはそう思えた。

しかし、残念ながら「氷菓」に出てくるような高校生活を送ることは出来なかった。少しは出来たのかもしれないが、ここまでの出来事はない、ような気がする。ただ、今後自分がこういった場を見つけたり、作ったりすることで、「灰色」の人生が少しは薔薇色に変わるのではないかと希望を持てる作品だった。

とは言え、作中の主人公のように「望んで」灰色の人生を歩んでいるわけではない。ただテンションに任せて盛り上がれない性格であり、人見知りであったり、興味が無いことに対して積極的に参加できないのだ。一時はそういう世界とは縁を切っていたが、やはり私は人嫌いではないようで、コミュニケーションを取るのは楽しかったりする。

今まで「灰色」の人生を送ってきた私は、まずは聡明で好奇心旺盛な女性、もしくは博学な友人を探して見ることにしよう。世界が少しずつでも色づくことを願って…。

・追記
惜しむらくは、私は謎解きが得意ではないことと序文の人が司書だとすぐに気付いてしまったことだ。

2012年8月25日 投稿:エイドギース




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